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色の研究をしました。

まず、熊本の震災で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。
本当に悲しい出来事が起こってしまいました。
ニュースで地震速報が出るたびに、胸が痛いです。
今、自分たちにできることを考えて行動したいです。

今日は久しぶりのブログ更新です。
つい最近満開だった桜も散り始めました。

6月まで巻では教室がないのですが、
今年は2年に1度の修復の年で
メンバーは自宅に痛んだ鯛車を持ち帰って
修復活動に奮闘しております。

昨日の日曜日には紙まで修復した鯛車をみんなで持ち寄って
色塗り作業をしました。

久しぶりに会うメンバーたち。
鯛車の話しが弾みます。

大きなブルーシートを敷いて
みんなで色塗りをスタート。

キレイな赤が光に透けてキレイですね。

今回はただの色塗りではありません。

毎回貸し出し用に使う鯛車は
小雨が降ったり少しの衝撃が当たっても良いように
青森から取り寄せた丈夫なねぶた和紙を使っているんですよ。

更にこの日はみんなで雨が当たっても良いように、

色褪せないように、色の研究に励みました。

染料、顔彩、アクリル絵具、
さまざまなものを用意しました。
なかなか配分が難しいのですが、
ここは企業秘密ということで。
そこまで考えてないですが。。。
すごくキレイな色が完成しました。
こういうの好きです。
どんな色の鯛車が完成するのかは来週のお楽しみに。

そしてこの日は西方先生から
あるモノの講習を受けました。
なんだかわかります??
細かいところもかなり凝ったつくりです。
だんだんカタチが見えてきましたね。

ここまでくればもうわかりますね。
そうです。スイカ車の作り方を教わっていたのでした。
やっと仕組みがわかりましたよ。
西方先生、ありがとうございました。

ご存知でない方のためにスイカの説明を。
昔鯛車は高価なものでお金持ちの家の子どもしか買って
もらえませんでした。お金のない家の子どもはこのスイカでした。
スイカは簡単にできたから安かったんですね。
ただ、子どもたちはみんな鯛車が欲しかったわけで、
それでお金のない家もお父さん、お母さんが
売っている鯛車を見よう見まねで真似て
鯛車を自己流でつくったんですね。

それでどんどん鯛車が浸透していったと伝えられています。
もしかしたら昔鯛車が普及したのはスイカのおかげかも
しれませんね。

このスイカ車、お盆の貸し出しの際には数が少ないせいか
子どもたちに大人気なんです。

それではなぜスイカだったのか!?
お盆のときのお墓のところに、ナスやきゅうりに串で足がついたものを
見たことがあるかと思いますが、その流れという説もあります。
他にも巻町は夏になるとよくスイカも作られているし、
まだまだ謎に包まれています。
情報ありましたらぜひおしらせください。

来週は修復用の鯛車もいよいよ完成します。

お楽しみに。

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