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こんなことって!!

5月の東京での鯛車教室では、
ものすごいことが起こりました!!

それは、私が鯛車を広めようと思ったきっかけの人に
繋がります。

少しお話させてください。

真ん中は25年前の私です(汗)
まだピチピチでしたね。

だいぶ話しがさかのぼりますが、
私は小学校2年生の時に鯛車と初めて出会いました。
それが上の写真ですが、
お祭りで真っ赤な巨大鯛車を兄弟、親戚みんなで一緒に引きました。
この出来事があまりにも衝撃すぎて
ずっと頭の中から離れなくて、大学の卒業制作で
鯛車をつくることに繋がりました。

当時、鯛車を作っていたのが長谷川さんという
唯一巻で鯛車を作っていた職人さんだったんです。
私の祖父と同級生だったと聞いていたので
もしまだご存命だったら95歳といったところでしょうか。

長谷川さんは自宅で毎日鯛車を作っていました。
今巻に残っている鯛車のほとんどは長谷川さんがつくったもの。

鯛車教室3日目になんとその長谷川さんの弟と名乗る方が
教室を訪ねてこられました。

右が長谷川さんの弟さんで長谷川さんとは
10歳年が離れていたそうです。今は東京に住んでいます。

この弟さん、ネスパスに来たのが2回目で

2階にある観光センターにエレベーターで行こうとしたところ、
誤って3階のボタンを押してしまって
3階へ降りたら鯛車教室をやっていてびっくりしたとのこと。
こっちがびっくりです!!
こんなことってあるんですね。
しかもなぜこのタイミングだったんでしょう。
弟さんから長谷川さんとの思い出をたくさん聞きました。
長谷川さんと弟さんが東京の京王百貨店に行き
全国の郷土玩具が並んでいるのを見て、とても触発されて
鯛車をたくさんつくるようになったこと。
これも聞いたお話ですが
当時、長谷川さんは1度だけ鯛車教室を開いたそうです。
ただ、職人気質だったためにおしえるのがうまくいかず
やめてしまったとのこと。その後1人でひたすら鯛車を
つくっていき、町の米寿のお祝いの際に
1人1台の鯛車を贈ったり、伊勢丹などの百貨店でも
販売したり、お祭りになると鯛車行列をしたり
巻に鯛車を復活させたのが長谷川さんでした。
教室を主体にしている私たちとはやり方が違いますが、
長谷川さんの鯛車を広めたいという願いは
今でもずっと繋がっています。
私が大学で鯛車をつくろうと思ったとき、
すでに亡くなった長谷川さんのお宅へうかがったら
その日がちょうど命日であったり、私が生まれた年に鯛車を町に復活させたのが
長谷川さんであったり、今回の弟さんの件といい
何かと長谷川さんとはご縁を感じています。
長谷川さんとは一度も会うことはできませんでしたが
これからも長谷川さんの意思を後世に
繋げて行けたらと思います。

そして長谷川さんの意思を、
私たちよりも先に継いで町に広めようとした人物がいます。
その人物とは、私の鯛車の師匠の高橋哲男さんです。
師匠が亡くなってこの8月で1年が立つのですが、
師匠が残してくれたものを紹介する展覧会を
8月の13日のお盆から巻の「鯛の蔵」で開催しようと思っています。

また近々お知らせしますね。

只今、師匠の仕事場を再現しようと
準備に奮闘中!!

どんな風になるのかはお楽しみに!

Coming Soon!!